アメリカでの国際モラハラ離婚

モラ妻からのモラハラ実例、そこからの学び、人生の立て直しを綴ります

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モラハラ被害者のみなさん、自分への虐待をやめましょう

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過激なタイトルですみません。

辛いけど効果が大きいモラハラ対処法

モラハラへの対処法は、ネット上などでいくつか見つかります。

僕は2019年7月1日に妻からモラハラ・DVの被害を受けていることに気付きました。その後、3ヶ月間、妻にモラハラをやめて貰い、関係を修復しようとしました。

しかし、「モラハラは治りません」と発信されている方の情報が正しく、全く効果がないどころか、むしろ酷くなりました。

この時点で修復を断念して離婚に向けて動き出すことを決意しました。

これを機に妻と距離をおくという対処法をとりました。

この方法により、妻から受けるモラハラの頻度が減る、洗脳が解けるなどの一定の効果がありました。

 今回は、その後に2020年の年1月からずっと行っている対処法を紹介します。

今のところ、自分の精神を保ち、解決に向けて進むという意味で、僕にとってはこの方法が一番効果がありました。

ただ、モラハラ被害者にとっては、辛く受け入れ難い部分があります。

 

きっかけは斎藤一人さんのYouTube

斎藤一人さんのお話は面白くてためになるものばかりです。知らない方は、はてなブログでGreen (id:shiho196123)さんが紹介されていますので、そちらをどうぞ。

僕は、斎藤一人さんのお話を聞くようなってから、確実に人生が好転しました。そして、僕の人生が好転する大きな変化の一つとして、現在の離婚騒動があるのだろうと思っています。

斎藤さんだけでなく、これを録音編集してYouTubeに上げるために時間と労力を使って頂いたすべての方に感謝致します。

斎藤さんの話の中にモラハラ被害者が聞けば一発でモラハラ加害者(自己愛性人格障害者)と被害者のことを話していると分かるお話があります。ただ、モラハラとか自己愛性何とかという言葉は使われていません。


【斎藤一人】人生がつらくなったときに聞く話~暗闇から抜け出す光~

この中で今回の記事の肝になる部分だけを要約します。

被害者が加害者から離れらないのは人間として一番辛いこと。でも、本当の悪者は被害者。実は加害者から受ける虐待以上に被害者は自分のことを虐待している。自分で自分のことを100虐待している人は加害者から90の虐待を受けても耐えることができる。自分でする以上の虐待を外から受けたら絶対に耐えられない。まず、その現実を認識するべき。

これを始めて聞いたときは待て待てと思いました。

モラハラ妻から受ける虐待以上に、僕が自分を虐待している?

モラハラを受けることが嫌で嫌で、離婚も視野に入れている僕が、自分を虐待している?しかも、モラハラ妻以上に?

これは間違っているのではないの?

受け入れ難かったです。

僕は出勤途中の車の中で聞いていたのですが、職場の駐車場へ着いたときは、こんな葛藤で苦しくて吐き気がしていました。

車を止めてハンドルに突っ伏して30分ほどじっとしていました。

本当に?いや、でも無理、無理。受け入れらない。嘘でしょ。

かなり葛藤を続けましたが、最後には、受け入れてみようと決意しました。

僕は、僕を妻以上に虐待している。だから、今でも彼女からの虐待に耐えて一緒にいることができる。

 

では、受け入れた後はどうするか?

僕が出した答えは、自分への虐待を徹底的にやめよう、でした。

そのために自分への虐待とは何かを考えました。僕はそれは二つあると思っています。

一つ目は自分のことを虐待を受けても仕方のない人間だと受け入れてしまうこと。

これはこのYouTubeの中でも述べられています。

旦那から暴力を受けても、「自分には生活力がないから、出て行くことができない」などと自分のことを低く見る事。これは自分への虐待だと。

僕のモラハラ妻の言い分はいつも、「あなたが悪いから、私はあなたへ暴力を振るうのよ。悪いのはあなたで、私じゃない。」です。

ある程度、他の人が言うことも尊重しようという人なら、「そうなのかな」と思ってしまいます。

実際に自分がモラハラの被害にあっていると気付くまでは、僕はずっと、この「そうなのかな」と思っていました。「自分が悪いから仕方がないのか」とずっと自分を責めていました。

 

でも、この「そうなのかな」と受け入れることを可能な限りやめようと決めました。

 

簡単なようで簡単ではありません。

このころには、モラハラに対してある程度知識を持っていました。つまり、モラハラ人間は相手に非があるからではなく、自分の精神を安定させるためにモラハラを行うことを知っていました。それでも簡単ではありませんでした。

モラハラ加害者は言葉巧みに攻めてきます。

 

僕は、もちろん、完璧な人間ではないけど、暴力を受けてしかるべき人間ではないと心の底から言えるようになるのは、それなりの努力が必要です。

 

今でも、完璧にこなしているとは言えない状態です。モラハラを受ければある程度傷つきます。傷つくということはどこか受け入れいるということです。

それでも努力を続けています。

少し傷ついても、「僕はそんないわれのない暴力を受けるような人間じゃないから」と心の中でがんばっています。

そもそも、暴力を受けてしかるべき人間なんてどこにもいないのです。

 

二つ目は相手に合わせて自分の人間としてレベルを下げること。

妻との関係修復を諦めてから、僕は妻との距離をおくようにしました。意図的に話さないように、関わらないようにしていました。

どうせ、話しかけても無視されるのです。なぜ、普通に話す必要があるのかと思っていました。なぜ、そんな人に敬意を持って接する必要があるのかと思っていました。

しかし、自分への虐待とは何かと考えているうちに、これは自分への虐待だと気付きました。

僕は、そもそも、誰に対しても挨拶もしない敬意も示さない人間ではないのです。

相手のレベルに合わせて自分のレベルを下げるのは、自分で自分を貶めていることです。

自分への虐待です。

だから、これを可能な限りやめる努力をすることにしました。

妻からは100%無視されますが、それでも毎日「おはよう、行ってらっしゃい、おかえり、おやすみ」とずっと挨拶を続けています。

妻が料理をするときは、僕の分は作りません。自分と子供の分だけです。余れば僕は食べても良いというだけです。余分が出ても僕に「食べる?」と言うこともなければ、お皿にとってくれることもありません。終わった後の食器は僕が洗うことが多いです。

でも、僕は、妻の分も作ります。「どうぞ」とお皿にも取りわけて、終わった後の食器も洗っています。

相手に合わせて自分のレベルを下げるという自分への虐待を徹底的にやめようと決めたからです。

妻が悪いからといって、自分が悪い夫、悪い父親になっても良いという理由にはなりません。

妻が良い夫婦関係を築こうと努力しないからといって、自分がもっと良い夫、良い父親になる努力と向上心を捨てても良いという理由にはなりません。

当然のことだけど、なかなか、気付きませんでした。

 

この対処法の効能

自分は人間としてやるべきことをやっていると自信を持って生きることができます。

モラハラ配偶者に合わせて無視したり、挨拶をしなかったり、感謝の気持ちを示さなかった少しダメな人間をしていた頃とは格段に違う自信を得られます。

そして、モラハラ配偶者はこの逆をやっていることが良く理解できます。

自分の気に障ったからというそれだけの理由で、無視したり、挨拶をしなかったり、怒鳴ったりしています。

その幼稚性と異常性を認識できます。

こうなってはダメだと反面教師にして、さらにやるべきこと(そんなモラハラ配偶者も尊重し愛情を注ぐこと)が出来るようになり、Positive feedbackが形成されます。

こうやってすべてを見抜き自信に溢れた人間から出る言葉と態度にモラハラ加害者は追い詰められます。

どんなにモラハラをやっても快感は得られずみじめになるだけです。