アメリカでの国際モラハラ離婚

モラ妻からのモラハラ実例、そこからの学び、人生の立て直しを綴ります

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我が家のモラハラ離婚ヒストリー

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はじめに

2019年7月1日に自分が妻からDVとモラハラを受けていることを初めて認識しました。

DVの被害者が自分が被害にあっていることを認識できなていないことがあると良く言われますが、僕は当事者としてそれを実感しています。

気付くまでは、あんたが悪いから私は暴力を使うという妻の言葉を信じていました。どんな理不尽な目にあっても自分が悪いから仕方ないのかと思っていました。それから、どこの夫婦もこんなものなかと思っていました。

自分が被害にあっていると気付いてからは、妻にモラハラを治して貰おうと頑張って撃沈するという、他の被害者の多くと同じ経験をしました。

現在は離婚のプロセスの途中です。

この記事は一連の出来事を時系列でまとめリンクをつけたものです。

まずは、自分の記録のためです。

そして、これら一連の出来事のある特殊な時期に興味のある方が、記事を探しやすいようにとまとめました。

最終更新日 2021年6月6日

 

2001年

4月 現在のモラハラ妻と出会う

ストーキングと言っても良いほどの猛アプローチを受ける。僕の人生でこれほどのアプローチを受けるのは、後にも先にも無いでしょう。

自分の手に入れるまでは恐ろしいほどの努力をするというのはモラハラ加害者の特徴です。

2005年

9月末 入籍

2006年

6月 渡米 University of Michigan

12月 長男誕生

長男の誕生後、妻のモラハラ気質が徐々に発揮される。

結婚、出産など配偶者が離れにくくなるタイミングでモラハラが始まるのは典型的なパターン。

2007年

11月 New Jerseyへ引っ越し

2010年

6月 次男誕生

2012年

7月 僕がAssistant professorへ昇進

給料が約2倍になりましたが、これを機に妻のマネハラ(僕の同意を得ない浪費)開始。現在まで経済的なストレスと困窮継続

妻の中で、長男の搾取子、次男の愛玩子としての役割が定着

2014年

9月 マイホームをローンを組んで購入

妻から長男への虐待が激しくなる。罵倒する。蹴る、叩く、引きずりまわすなど。

購入した家は一戸建で、隣家と密接したアパートと比べて、周りから虐待を察知されなくなったことが虐待激化の理由でしょう。

2017年

7月 妻がネットワークビジネス(マルチ商法)を始める

2018年

9月1日 妻が職を得るため学校へ通い始める

9月中頃 義母との同居が始まる 

2019年

7月1日 自分がモラハラDVを受けていると初めて気付く

7月3日 長男が虐待を受けていると初めて気付く 

7月5日~ 修復と離婚の準備を同時に始める

7月7日 妻から長男への激しい虐待。

ママから虐待を受けることは分かっていた  

7月末~8月初旬 計画していた家族旅行を妻がドタキャン

人生で一番悲しかった家族旅行 

9月28日 妻との関係修復を断念、妻とは距離を取る

モラハラが治らない最大の理由 

10月3日 DV・モラハラ被害者として初のカウンセリング。

アメリカでのDV被害者へのカウンセリングの概要  

 DV専門カウンセラーの優れた指摘 

10月13日 妻へ離婚の意思を伝える。妻の方も自分の方から頼みたいくらいだと快諾。

10月27日 妻が突然離婚に抵抗を始める

10月28日 地域のドメスティックバイオレンス被害者をサポートする団体へ相談に行く

11月8日 初の離婚弁護士との相談

2020年

1月1日 僕に対して食事を禁止する虐待が始まる

1月2日 自分への虐待をやめるというモラハラ対処法を開始

モラハラ被害者のみなさん、自分への虐待をやめましょう

 モラハラ配偶者は成長過程にある

モラハラ被害者は偉人になる必要はない

1月21日 Social workerが児童虐待の調査に我が家へ来る

1月27日~ いくつかのドメスティックバイオレンス被害者をサポートする団体へ電話相談

2月10日 マネハラ対策開始

銀行口座から妻を締め出す

アメリカでは銀行口座から配偶やを締め出す人は意外と多い

 

2月26日 妻が離婚弁護士を雇い攻撃を開始

 アメリカで離婚弁護からの最初のメッセージ

3月7日 長男が化学トーナメント地区大会優勝

3月9日 義母が帰国

3月15日 妻が学校を卒業。授業料$25,000も払ったにもかかわらず働く気配なし

3月19日 初めて警察を呼ぶ

モラハラ妻の奇行蛮行が激化。ついに警察に来てもらった

3月20日 コロナ騒動の中、帰宅禁止

仕事へ行くなら帰ってくるな

休校にしないのはけしからんと弁護士を使い学長を攻撃

3月30日 Compliant for divorce(離婚申請書)を受け取る。

4月1~9日 Compliant for divorceへ対応するため離婚弁護士、数人にコンタクトする。

4月5日 弁護士費用を支払いためお金まわりのセットアップ

4月15日 弁護士を雇う

4月21日 Compliant for divorceへの回答と Counter Claimの提出

4月21日~ Case Information Statement (CIS)の準備

4月21日 Case Information Statement (CIS)の準備を終えて弁護士へ

6月5日 親権に関する離婚調停 Mediation for Custody and Child Support.

6月8日 次男の仲介でモラハラ妻へ渡すお金の額を決定。

6月22日 First hearing to set a discoverey. This is a preliminary discussion with attorneys and judges but without clients. 

6月30日 Case Information Statement (CIS)を相手弁護士と裁判所へ提出 

 CISには、家計や資産についての情報を記入します。とりわけ、New Jerseyの離婚裁判はビジネスライクで、資産の分配と養育費などのお金の取り決めを行うのが主な目的です。その意味においてNew Jerseyでの離婚で最も重要な書類となります。

8月7日 Descovery Demandsを相手弁護士と裁判所へ提出 

Descovery Demandsは、相手に対する質問書です。妻側は、この質問に答える必要があり、妻側も同様にDescovery Demandsを僕に提出する必要があります。僕も妻からのDescovery Demandsに文章で答える必要があります。

8月15日~ 提出書類を一切出さないという妻の徹底した離婚への抵抗が始まる

8月15日 妻側のCISの提出期限。しかし、提出せず。

9月4日 弁護士を通じて妻側へCISの提出を要求

9月7日 妻側のDiscoveryへの回答提出期限。しかし、提出せず。

9月22日 妻側の弁護士から、やっと書類を提出しないことへの返答。

かなり忙しくしていただけです。すぐに書類は提出します。という内容。でも、やはり提出せず

9月25日 弁護士を通じて妻側へCISとDiscoveryへの回答の提出を要求。同時に妻側へMediationの提案。

9月29日 妻側弁護士から返答。CISはすぐに提出します。Mediationはしません。CISとDiscoveryへの回答の提出期限なんてそもそも決まっているのですか?とすっとぼけ始める。

10月1日 弁護士を通じて妻側へCISとDiscoveryへの回答の提出を要求。または、いつ提出できるのかを知らせるように要求。

10月1日 妻側弁護士から「今日提出します」と返答。やはり提出せず。

10月2日 弁護士を通じて妻側へ未だに何の書類も受け取っていないと通達。この日から、弁護士同士でやり取りがあったが、それでも妻側は一切の書類を提出せず。

10月13日 弁護士を通じて裁判所へCase Management Conferenceを要求。

10月14日 裁判所が10月26日にCase Management Conference(CMC)を開くことを決定。CMCでは、裁判官と双方の弁護士が参加して、妻側が必要必要書類を提出しない理由を述べて、新たに提出期限が決定される。CMCまでに双方の弁護士で必要必要書類の提出期限の同意が得られればCMCはキャンセルされる。

10月23日 Case Management Order(CMO)締結。これにより必要書類の提出期限(10月30日~11月23日)が、双方の弁護士と裁判官の同意のもとに決められる。同時にCMCはキャンセル。

10月30日~11月23日 こちらは期限を守りすべての書類を提出するも、妻側は一つの書類(Descovery Demands)を提出したのみで、それ以外は一切提出せず。

11月5日 弁護士を通じてCMOで定めされた10月30日と11月2日の提出期限の書類を提出するように要請。それでも妻側は提出せず。

11月10日 弁護士を通じてCMOで定めされた10月30日、11月2日、11月9日の提出期限の書類を提出するように要請。それでも妻側は何一つ提出せず。

11月11日 妻側は書類を出さず、こちらが出した書類への質問を始める。そして、僕へ妻の弁護士費用を支払うように要請。さらに僕が妻へ生活費を渡していないと申し立ての準備をしていると脅してくる。

11月11日 僕の弁護士が同日返答。弁護士費用や生活費への申し立てをするためにも、妻側はCase Information Statement (CIS)をこちらに提出する必要がある。離婚のプロセスにもCISは必要だから、とにかく、早く提出して下さい。妻側のCISがなければ、私のクライアントに、支払うべきかどうかのアドバイスも出来ない。そもそも貴方はCMO(同意書)で定められた提出期限を守っておらず違反している。

11月18日 妻側弁護士から明日提出すると返事も、結局、提出せず。

11月20日 僕の弁護士から、妻が、$71,000の見込収入を認めるなら、もう、2週間ほど書類の提出を待っても良い。同意できないなら、書類提出とこれにかかる費用の支払いを求める新たな申し立て(裁判)を行うと通達。

 11月23日 CMO(同意書)で定められた最後の書類(Answers to Descovery Demands)の提出期限。妻側は提出せず。

 11月23日 相手方の弁護士が11月11日にした質問の一つ、日本の不動産の資産価値について、僕のParalegalさんが回答、そして、この資産価値に同意するかどうかを質問。Paralegalさんの真の狙いは、相手からの質問への回答ではなく、11月20日にこちらが行った見込み収入を認めるなら書類提出を待っても良いというオファーへの回答を迅速に促すこと。不動産の資産価値に同意するかしないかをこちらの弁護士に回答すると同時にオファーを受けるか受けないかを返答する必要が出てくるので。

 11月23日 モラハラ妻が自分のの弁護士と喧嘩別れする。この弁護士を通して行ってきた交渉の大部分が無駄になりました。さらにモラハラ妻の新任弁護士への引継ぎを行ったのは、僕の弁護士です。

 12月1日-8日 モラハラ妻の新任弁護士探しを行う。

 12月15日 モラハラ妻の新任弁護士と新たな書類の提出期限を設ける。

 

2021年

1月19日 裁判所によるParent Education Program。

1月29日 モラハラ妻がついにすべての書類を提出する。

長かったです。離婚裁判が5カ月も妨害されました。

モラハラ妻は公の離婚裁判の書類の中でもいつもと変わらないモラハラ論理を展開してきました。

4月23日 初の離婚調停。Early Settlement Panel. 

6月4日 裁判を避けるべく、Marital Settlement Agreementを提案し交渉を始める。