カルトもナルシシズムが関わる問題
ナルシシスト、自己愛不全者、自己愛性人格障害者が引き起こす問題をなくすためにどうしたら良いかと日々考えています。
ナルシシスト問題の中で社会的にあまり認知されていないモラハラと片親疎外については、社会的認知を上げることが問題解決に大事だと思っています。
カルトによる家庭崩壊もナルシシスト問題なのですが、モラハラや片親疎外同様に社会的に認知されていないと思います。
家族の一員がカルトに傾倒して、経済的にも精神的にも家庭が崩壊していく。
カルトに心酔していない家族にとっては、相当な苦痛だろうと共感します。
僕は、この問題の当事者ではありませんが、カルトがナルシシスト問題の一つと捉えると、モラハラのある家庭で起きることと似た状況にあるのだろうと共感できます。
社会的認知を上げるべき問題だと思います。
カルトにはまるのは人格障害者
カルトの教祖が自己愛性人格障害者であることは良く知られていますが、これにハマる信者も人格障害の素養があります。
自己肯定感の低さをカルトで埋めようとする人だからです。
高額なお布施をすれば、徳の高い人と認定して貰えます。
人格障害者は、自分は特別な存在だと思い込もうとしますが、この欲求もカルトによって満たされるでしょう。
だから、カルトによる家庭崩壊はナルシシスト問題の一つだと言えます。
カルト信者の言動がモラ人と全く同じ
僕自身は、カルトの被害にあったことはありません。
でも、カルトによる家庭崩壊はナルシシスト問題だというのは分かります。
一つの理由は家庭崩壊をもたらした信者の言動がモラ人と全く同じだからです。
ときに被害者を装いながら、都合の良い所どりをして話しているのが良く分かります。家庭崩壊の原因は自分にもあると神妙に認めたふりをしながらも、どこか、信者ではなった家族、自殺したり、問題を起こした家族に責任転嫁する姿勢が見えます。
焼身自殺した息子に対して、「昔から見えない世界のものが見えるような特別な能力を持った子だった」のような発言がありました。
都合の良い所どり、途中から話すモラハラ論法です。そもそもカルトにはまり「見えない世界がある、見えるはず」と子供をそんな世界へ誘導したのはこの信者でしょうが、そこには一切触れません。自分で誘導しておいて、それに子供が素直に反応したら、そこから話を始めます。子供が自発的にそうなったとの体裁をとります。そして、この信者の言いたいことは「自殺した息子は問題のある子だった。元々、自殺しても不思議ではないような子だった。」です。責任転嫁です。
僕の元妻も掴みかかる殴りかかるなどの暴力を振るっておいて、僕がたまらず、引きなさそうとしたら、その部分から話始めてまわりを騙しました。
夫が暴力を私に振るったと。
片親疎外も同じです。自分が父親の悪口を吹き込み、拒絶するように仕向けておいて、子供が拒絶すれば、そこから話を始めます。
子供は父親を嫌っている。父親には問題がある。
家庭崩壊を導いた信者の言動をそのような視点で見て下さい。
都合よい所どり論法を使っていることが分かるはずです。そして、全体として責任転嫁の体裁になっています。
責任転嫁が必要になる前はどうだったのか?
そこには、実子であろうとも、徹底的な搾取の対象であったことが見えてきます。自身の自己肯定感の低さを補って貰おうと、子供を洗脳し味方につけようとしました。そこには子供の将来を思いやる気持ちなんてありません。
元妻はカルトではなかったが
僕はカルト被害に遭ったことはありませんが、これを連想させる元妻のエピソードがあります。
元妻はカルトではないのですが、マルチ、ネットワークビジネスに手を染めたことがありました。
人格障害の素養を持った家族がカルトにはまって行くのと同じ現象だったと思います。
元妻は、勧誘者から、あなたは私達の光であり希望だと持ち上げられて喜んでいました。カルトと似ています。そして、一部の成功者の経済的成功談にも引き込まれていました。マルチで成功すれば自分は特別な存在だと認めて貰えると思ったのでしょう。お金には異常な執着を示すので単に欲に溺れた部分もあったでしょう。
結果的には、元妻は、人に頭を下げることが一切出来ないので、多くの在庫を抱えて数年間売り上げ0という成績でした。その後はどうなったか?自分をマルチに引き込んだ人達が悪いと責任転嫁して、そのネットワークの人達とは喧嘩別れとなりました。
まとめ
世の中ではあまり認識されていないかもしれませんが、カルトによる家庭崩壊は、ナルシシスト問題です。
モラハラのある家庭と似てものがあると思います。話は全く通じず家庭が崩壊して行く。始めは、何とかしようと努力した被害者も、次第に学習性無力感となったことでしょう。
この被害を受けた人は情報発信した方が良いと思います。
婚姻中のDVモラハラなどのナルシシズムの被害経験のある方は、これも、根の同じ問題であり、被害者の受ける苦痛にも似たものがあると思いやって頂きたいです。