アメリカでの国際モラハラ離婚

モラ妻からのモラハラ実例、そこからの学び、人生の立て直しを綴ります

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妻が公の文書の中でもモラハラ論理を展開してきた理由

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はじめに

僕の離婚するモラハラ妻は、離婚裁判の必要書類の中でも、普段と全く同じモラハラ論理を展開してきました。

全く誤魔化すことなく、モラハラ妻は普段言っていることと全く同じことを公の文書の中にも書いてきました。

彼女は、心の底から、自分の主張が正しいと思っている真正モラハラ人間でした。

では、なぜ、モラハラ妻は「自分が正しい」と思っているかというと「自分の間違いを認めれない」からです。

これは自己愛性人格障害者の特徴で、僕の離婚するモラハラ妻は重度の自己愛性人格障害者です。

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Image by John Hain via Pixabay

 

自己愛性人格障害者の中で起きる負の相乗効果

自己愛性人格障害者は、「自分の間違いを認められない」から「自分が正しい」と思い込もうとします。

「自分の間違いを認められない」のは、彼らが劣等感の塊で、自分は何の価値もない人間と深層心理では思っているからです。

ただでさえ、価値がないのに、その自分が間違いを犯して、さらに価値が無い人間になることを受け入れることができません。

「自分の間違いを認められない」から「自分が正しい」でなくては困ります。

彼らは常に「自分の間違いを認める」ストレスから逃げます。

逃げるので、このストレスへの耐性が育成されず、自分に非があるかもしれない問題が起こっても、自分の非を認めることがでず、「自分が正しい」と思い込むしかなくなります。

逃げるから、ストレスへの耐性が育成されず、耐性がないから、また逃げしかなくなるの悪循環です。

僕の妻のような重度の自己愛性人格障害者は、自分が正しいかどうかと天秤にかけることすらしていません。

絶対に自分は正しい、正しいことにするためには、何をしなければならないか、何を言い返さなければならないかと考えます。

論理的に追い詰められると詭弁と屁理屈で、論点をすり替えて、「自分に非がある」という結論が導かれることを必死に避けようとします。

自分の非を認めると死んでしまうくらのストレスを感じるのではないでしょうか。

 

被害者一人に対しても自分の間違いを認めれない

公の書類の中でも普段と全く同じ主張をモラハラ妻がした理由は、自分は絶対に正しいと思い込もうとする努力です。

その努力をするのは、自分の間違いを認められないからです。

 

この文書の中で、これまでの自分の主張をひっくり返すと、妻は「自分の間違いを認めた」ことになります。

例えば、妻がこれまでしてきた浪費の証拠を提出書類の中で隠蔽したとすると、妻はこれまで僕に主張してきた「あんたの給料が低すぎるのが問題。収入の範囲内で生活しろなんて言っているあんたの頭がおかしい。」が間違いだったことを認めることになります。

自分のこれまでの主張は世間一般的には認められないから、第三者が読む文書の中でこれまでの主張をひっくり返したことになります。

 

妻は重度の自己愛性人格障害なので、自分の間違いを認めることができません。

結果的に、普段と全く同じモラハラ論理を主張をして来ました。

浪費の証拠もそのまま残し、裁判では、これは正当な出費だと主張するのでしょう。

片親疎外の証拠も残しました。

僕への悪口雑言を書き連ねた文章を子供達に読ませたとしっかりと記述しました。

夫が悪いのだから、子供達に事実を示すのは、当然と主張するでしょう。

 

妻は自分の間違いを認めることができないので、こうやって普段と同じ主張を公の文書の中でもしてきました。

 

でも、この文書の中で妻が自分の間違いを認めたとして、それに気付く人は何人いるでしょうか?

これまでの自分の主張をひっくり返したとして、それに気付くのは、誰でしょうか?

妻が自分の間違いを認めたことを認識できるのは、僕一人です。

妻が普段何を主張していたかを知っているのは僕だけです。

 

実は悪いことと知りつつモラハラをしていたことが、僕一人にバレることを覚悟で、離婚の必要書類の中では、もう少しまともなことを書いて裁判を有利に進める手もあります。

 

僕が裁判で何を言おうとも、しらを切れば良いのです。

浪費は、僕が行ったと嘘をつき、責任転嫁すれば良いのです。

 

でも、彼女は、それが出来ませんでした。

たった一人の被害者に対しても自分の間違いを認めることができないからです。

 

だから、自分は正しいと思い込む努力をして、普段と全く同じモラハラ論理を公の文書の中でも展開してきました。

 

いかに我が家のモラハラ妻が重度の自己愛性人格障害者であるかが分かります。

 

この「間違いを認められない」と「自分は正しい」は、モラハラ妻の中では、別物ではなく、ぐちゃぐちゃに混ざり合って一つの大きな塊のようになっていると思います。

 

唯一モラハラ妻が自分の間違いを認めたもの

夫を肉体的精神的に虐待したことがありますか?の質問に妻はNoと書きました。

あんたが悪いから、私は暴力を使うと主張していたモラハラ妻ですが、これだけは、世間一般では認められないことを認めたようです。

絶対に自分は正しいと主張するなら、Yesと書くべきです。

はい。私は夫に対して暴言を吐き、階段から転げ落ちるほどの強烈な蹴りを入れました。夫がしているのは、それ以上に悪いことですから。

自分は正しいと言うなら、普段の主張を通すべきだと思います。

しかし、これだけは、妻は自分の間違いを認めた形になりました。

彼女が自分の間違いを認めたと認識したのは、僕だけですが、彼女にとってはかなりな苦痛だったかもしれません。

敢えて話しませんが、話す機会があれば、絶対に言います。

「あれ?僕が悪いから、殴ったり、蹴ったりするんじゃなかったの?自分が正当なら、ちゃんとYesって書くべきじゃない?やってはいけないことだってちゃんと知っていたんだ。良かったね。」

 モラハラ妻は、ほぼ間違いなく、詭弁と屁理屈を使って逃げるでしょう。

「私がしたのは暴力であって、虐待ではない」なんて言うと思います。

 

おわりに

モラハラ妻が公の文書の中でもモラハラ論理を展開してきた理由を考察しました。

自分の間違いを認められないから、自分は正しいと思い込みます。

ここには、負の悪循環が存在します。

この悪循環のため、どうにも引き下げれなくなっています。

たった一人の被害者に対しても自分の間違いを認めることが出来ません。

結果的に妻が認めた間違いは、直接的なDVとモラハラのみでした。

そして、これを指摘しても、詭弁と屁理屈を駆使して逃げると思います。